家賃の値上げは拒否できます。普通借家なら、合意しない限りこれまでの家賃を払うことで住み続けられる決まりです。ただ、貸主が調停・裁判を起こして値上げが認められると、請求後の差額に年1割の利息を付けて払うことになります。
この記事でわかること
- 家賃の値上げを断れる場合と断れない場合(契約の種類・特約・同意の有無で分ける)
- 貸主が値上げを請求できる法律上の理由と、理由に入らないもの
- 断った後の流れ。今の家賃の払い方・供託・調停の順番
- 値上げが後で認められたときに払う差額と利息の計算
- 更新を断られたり、退去を求められたりするのか
- 断るときの文例と、相談できる窓口
出典: 借地借家法(e-Gov法令検索)/法務局「地代,家賃の受領を拒否された場合にする供託」/東京都「不動産取引に関する相談及び指導等の概要(令和6年度)」
家賃の値上げは拒否できるのか
拒否できます。正確には、値上げに同意しなくても、今の家賃を払っていれば住み続けられます。
借地借家法32条は、貸主にも借主にも家賃の増減を「請求」する権利を認めています。そのうえで、増額の話し合いがまとまらないときの扱いも決めています。借主は、裁判で増額が確定するまで「相当と認める額」を払えば足ります(32条2項)。
東京都も貸主向けの案内で、借主は従来の家賃を払えばこれまで通り住めると書いています。値上げの通知が届いた時点で、新しい金額が決まるわけではありません。
ただし、断れるかどうかは契約の種類と特約で変わります。
状況別・家賃の値上げを断れるか
| 状況 | 断れるか | 根拠 |
|---|---|---|
| 普通借家で、契約期間の途中に値上げを通知された | 断れる。今の家賃を払えば住み続けられる | 借地借家法32条2項 |
| 普通借家で、更新のときに値上げを求められた | 断れる。合意しなくても同じ条件で更新される扱いになりうる | 同26条1項 |
| 契約書に「一定期間は値上げしない」特約がある | その期間は、そもそも値上げを請求できない | 同32条1項ただし書 |
| 定期借家で、賃料改定の特約がある | 特約のとおりになる(32条が使えない) | 同38条9項 |
| 新しい家賃の合意書・更新契約書にサインした | 後から取り消すのは難しい | 東京都の注意喚起 |
一番気をつけたいのは最後の行です。東京都は、値上げに一度同意すると後日その同意を取り消すのは難しくなると注意を呼びかけています。
仲介の現場でも、更新の書類に新しい家賃が印字されて届き、そのまま署名して返送してしまう方が少なくありませんでした。納得していない金額の書類には、まだサインしないでください。
貸主が値上げを請求できる理由
32条1項が挙げる理由は、次のどれかで家賃が「不相当」になった場合です。国土交通省の賃貸住宅標準契約書も、第4条3項に同じ3つを並べ、「協議の上」改定できるとしています。
家賃の値上げを請求できる理由(借地借家法32条1項)
| 理由 | 例 | 借主が確かめること |
|---|---|---|
| 土地・建物の税金などの負担が増えた | 固定資産税が上がった | どの税がいつからいくら上がったか |
| 土地・建物の価格の上昇、その他の経済事情の変動 | 地価や物価の上昇 | 入居時からどれだけ変わったか |
| 近くの似た建物の家賃と比べて安すぎる | 周辺の同じような部屋の家賃が上がった | 比べた物件の場所・広さ・築年数 |
逆に言えば、この理由に当たらなければ、値上げを請求する根拠になりません。たとえば建物の所有者が変わったこと自体は、32条の理由に入っていません。
東京都には、オーナーチェンジ等に伴って正当事由のない急激かつ過大な値上げを求められたという相談が多数寄せられています。令和6年度の値上げに関する相談は1,366件で、令和5年度の約2倍でした。
通知に理由が書かれていなければ、まず説明を求めてください。東京都も、値上げの通知があったら理由等の説明を求めるよう案内しています。
比べる物件が示されたら、駅からの距離・広さ・築年数がそろっているかを見ます。同じ建物の空室の募集家賃だけが根拠のときは、自分の部屋と条件が同じかを聞き返してかまいません。
家賃の値上げを断った後の流れ
断った後は、次の順番で進みます。どの段階でも、話し合いがまとまればそこで終わりです。
家賃の値上げを断った後の流れ
- 値上げの通知が届いた。金額に納得できない
- 1理由と根拠の説明を求め、同意しないと書面で伝える新しい家賃の書類にはサインしない
- 2今の家賃を期日どおりに払い続ける払わないと滞納になる(32条2項)
- 3受け取りを断られたら、弁済の提供をしてから供託値上げを求められただけでは供託できない
- 4貸主が争うなら、まず簡易裁判所の調停訴訟の前に調停が必要(民事調停法24条の2)
- 5調停で合意できなければ訴訟。判決で金額が決まる認められれば請求後の差額+年1割の利息を払う
住み続ける権利は、どの段階でも今の家賃を払っている限り保たれる
図:家賃の値上げを断った後は、今の家賃の支払い→供託→調停→訴訟の順に進む。
今の家賃は期日どおりに払い続ける
値上げに反対するあまり、家賃そのものを止めるのは逆効果です。払わなければ、値上げの争いとは別のただの滞納です。
振込で払っているなら、これまでと同じ口座へ、同じ日までに、同じ金額を振り込めば足ります。通帳やネットバンキングの記録は、そのまま払った証拠になるはずです。
受け取りを断られたら、弁済の提供をしてから供託
貸主が「新しい金額でなければ受け取らない」と言ってきたら、法務局で家賃を預ける供託が使えます。民法494条1項1号が、弁済の提供をしたのに受け取りを拒まれたときの供託を認めているためです。
気をつけたいのは順番です。法務局は、家賃の値上げを要求されたというだけでは受領拒否が明確とはいえず、先に弁済の提供が必要だと案内しています。
弁済の提供は、たとえば支払日に家賃を貸主の住所へ持参して受け取りを求めることです。振込先の口座を閉じられた、現金を突き返されたといった事実があってから供託に進みます。
家賃を供託するときの要点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 預ける金額 | 自分が相当と認める額(通常はこれまでの家賃) |
| 預ける場所 | 契約上の支払地を受け持つ供託所(法務局)。オンライン申請もできる |
| 書類 | 地代・家賃弁済供託用の供託書(供託所で無料配布) |
| 供託した後 | 貸主に遅滞なく供託を通知する(民法495条3項) |
| 注意 | 裁判で値上げが認められれば差額は払う。供託で争いが終わるわけではない |
貸主が裁判で値上げを求めるときは、まず調停
家賃の増減をめぐって訴えを起こすには、先に調停を申し立てなければなりません(民事調停法24条の2)。申し立て先は、建物の所在地を受け持つ簡易裁判所です(同24条)。
調停は裁判官と調停委員を交えた話し合いの場です。双方が書面で合意していれば、調停委員会が解決の条項を決めることもできます(同24条の3)。
調停で合意できなければ、貸主は訴訟に進めます。増額が認められるか、いくらになるかは判決で決まる流れです。
更新を断られたり、退去を求められたりするか
普通借家なら、値上げを断ったことだけで退去させるのは難しいと考えられます。貸主が更新を拒むには、期間満了の1年前から6か月前までの通知が要ります。そのうえ、正当の事由も必要です(借地借家法26条1項・28条)。
28条が考慮するのは、双方が建物を使う必要性、それまでの経過、建物の利用状況と現況、立ち退き料などの申出です。値上げに同意しないことは、この中に入っていません。
通知がないまま期間が過ぎれば、契約は「従前の契約と同一の条件」で更新されたものとみなされます。家賃も、それまでの額のままです。
一方、定期借家は期間満了で終わる契約です。更新の代わりに再契約になるので、新しい家賃に合意しなければ再契約しない、と言われることもあるでしょう。大家都合で退去を求められたときの考え方は立ち退き料の相場と正当事由で扱っています。
値上げが認められたら、いくら払うか
調停や裁判で値上げが認められると、払ってきた額との差額をまとめて払います。差額には年1割(10%)の利息が付きます(借地借家法32条2項ただし書)。
民法の法定利率は404条2項で年3%と定められ、3年ごとに見直す仕組みです。家賃の増額では、それより高い年1割が条文で決まっています。争いが長引くほど、この利息が積み上がります。
利息は「支払期後の利息」です。毎月の支払日から、実際に差額を払う日までの分が付きます。値上げは「将来に向かって」請求するものなので、請求が届く前の月までさかのぼることはありません。
差額と利息の計算例(家賃7万円→7万5,000円の請求・月単位の概算)
| 判決で確定するまで | 差額の合計 | 年1割の利息 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 12か月(今の家賃7万円を払い続けた) | 6万円 | 約2,750円 | 約6万2,750円 |
| 24か月(今の家賃7万円を払い続けた) | 12万円 | 約1万1,500円 | 約13万1,500円 |
| 24か月(7万2,500円を払い続けた) | 6万円 | 約5,750円 | 約6万5,750円 |
利息は、各月の差額に「その月の支払期から確定までの月数÷12×10%」を掛けて足しました。日割りはしていません。認められる金額が請求より低ければ、差額もその分小さくなるはずです。
一部なら妥当だと思うときは、3行目のようにその額を払っておく方法もあります。32条2項の「相当と認める額」は借主が決める額なので、後で差額が出ても小さく抑えられます。
断ったときに後で払う金額の決まり方
- 差額
- 判決・調停で決まった家賃−払ってきた額
- 期間
- 値上げの請求が届いた後の月から確定まで
- 利息
- 各月の支払期から年1割(32条2項ただし書)
- 根拠を確かめる
- 理由が弱ければ、認められる額も下がる
- 一部を払う
- 妥当と思う額まで払えば差額が減る
- 早く決着
- 話し合い・調停でまとまれば利息は増えない
図:断った後に払うかもしれない金額は「差額×期間+年1割の利息」。争いが長いほど増える。
家賃の値上げを断るときの伝え方と文例
断ると決めたら、次の手順で進めます。
- 契約書を確認する。普通借家か定期借家か、「値上げしない」特約や賃料改定の条項があるか
- 理由と根拠を求める。どの事情で、いくら不相当になったと考えているのか
- 返事はメールか書面で残す。電話で話したら、日時と内容をメモしておく
- 新しい家賃の書類にはサインしない。更新契約書に新しい金額が入っていたら、その部分を確認する
- 今の家賃は期日どおりに払う
契約書の特約の見方は賃貸契約書の見方にまとめています。「賃料を改定できる」とあっても、標準契約書の第4条3項と同じく協議して決める条項なら、同意なしに金額は決まりません。
断るときの文例(メール・書面)
○○管理株式会社 ご担当者様
○○マンション○号室の○○です。○月○日付の賃料改定のお知らせを拝見しました。
現時点では、月額○万円への改定には同意いたしかねます。改定が必要と判断された理由と、その根拠(税負担の変化や比較された近隣物件の条件など)をお示しいただけますでしょうか。
賃料は、これまでどおり月額○万円を期日までにお支払いします。内容を拝見したうえで、改めてご相談させてください。
文面は短くてかまいません。入れておきたいのは、同意しないこと、理由の説明を求めること、今の家賃は払い続けることの3点です。
通知が管理会社から届いたら、返事も管理会社あてで構いません。管理会社は貸主の窓口なので、貸主の意向を確かめてほしいと頼めます。
歩み寄る余地があるなら、案を出す方法もあります。値上げ幅を小さくする、次の更新まで先送りする、古い設備の交換と合わせる、などです。合意した内容は、金額と開始月を書面に残してください。
家賃の値上げで相談できる窓口
東京都は、2025年10月10日に「賃料値上げ特別相談窓口」を住宅政策本部に設けました。借地借家法に基づく助言を受けられ、法律の見解が必要なときは弁護士の無料相談を紹介してもらえます。
家賃の値上げの相談先
| 窓口 | 内容 |
|---|---|
| 東京都 賃料値上げ特別相談窓口 | 電話 03-5320-4958(平日9時〜17時30分)。来所は予約制 |
| 住んでいる地域の消費生活センター | 契約トラブル全般の相談。国民生活センターの窓口一覧から探せる |
| 弁護士 | 調停・訴訟になりそうなとき。自治体や弁護士会の無料相談もある |
値上げの通知、契約書、これまでのやり取りのメールを手元にそろえてから相談すると、話が早く進むはずです。
引越しも選択肢に入れるなら、退去の連絡期限と日割りの扱いを退去連絡はいつまでかで確かめておくと、動く時期を決めやすくなります。
よくある質問
Q1:家賃の値上げを拒否したら、追い出されますか?
普通借家なら、値上げを断ったことだけで退去させるのは難しいと考えられます。貸主が更新を拒むには正当の事由が必要で、借地借家法28条の考慮要素に「値上げへの同意」は入っていません。今の家賃を期日どおりに払い続けることが前提です。
Q2:家賃の値上げの拒否は、どのくらい成功しますか?
成功率を示す公的な統計はありません。決め手になるのは、32条の理由に当たる事情があるかです。税負担の増加、経済事情の変動、近くの似た物件との比較のどれにも当たらなければ、増額は認められにくくなります。
Q3:「値上げに応じないと更新できない」と言われました。
普通借家なら、貸主が更新を拒むには期間満了の1年前から6か月前までの通知と正当の事由が必要です。通知がないまま期間が過ぎれば、同じ条件で更新されたものとみなされます。定期借家の場合は再契約の話になるので、契約書の種類を先に確かめてください。
Q4:値上げの通知には、いつまでに返事をすればいいですか?
法律で返事の期限は決まっていません。ただ、放っておくと同意したかどうかが曖昧になります。同意しない場合は、その旨と理由の説明を求めることをメールか書面で早めに伝えておくと、後で記録として使えます。
Q5:家賃の値上げに上限や相場はありますか?
法律で決まった上限や率はありません。基準は、32条の事情で今の家賃が「不相当」になったかどうかです。近くの似た物件と比べるときは、駅からの距離・広さ・築年数をそろえて見比べてください。
まとめ
- 家賃の値上げは同意しなくてよい。普通借家なら今の家賃を払えば住み続けられる
- 値上げの理由は税負担・経済事情・近くの似た物件との比較の3つ。所有者が変わったことは入らない
- 新しい家賃の書類にサインすると、後から取り消すのは難しい
- 受け取りを断られたら、弁済の提供をしてから供託する
- 貸主が争うなら、まず簡易裁判所の調停。値上げが認められれば差額+年1割の利息を払う
- 定期借家で賃料改定の特約があると、32条は使えない
値上げの通知は、届いた時点ではまだ「提案」です。契約書を開き、理由を聞き、今の家賃を払いながら返事を書面に残す。この順番を守れば、急いでサインする必要はありません。
免責事項
※本記事は借地借家法・民法・民事調停法の条文、法務局と東京都の公表資料、国土交通省の賃貸住宅標準契約書(2026年10月時点)と不動産仲介の現場で見てきた事例をもとに整理した一般的な情報です。値上げが認められるか、いくらになるかは個々の契約と事情により異なります。個別の契約判断・法律相談は宅地建物取引士・弁護士・消費生活センター等の有資格者・公的窓口にご相談ください。

