退去時のクロス張替え費用は、日焼けや電気ヤケ、画鋲の穴なら借主の負担は0円です。借主が払うのは不注意の傷・落書き・ヤニなどで、範囲は原則として傷のある壁の一面まで。金額は6年で残存1円になる割合を掛けた分になります。
この記事でわかること
- 退去時にクロスの張替え費用を払う場合と払わない場合(国交省ガイドライン別表1)
- 張り替える範囲は傷のある壁の一面まで。全面張替えを求められたときの考え方
- 入居年数ごとの負担割合と、一面・全面の金額の差(計算例つき)
- 6年以上住んでも0円にならないケース
- タバコのヤニ・ペット・カビの扱いと、裁判例の金額
- 請求書で確かめる5点
出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」/民法(e-Gov法令検索)/国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブルにご注意!」
退去時にクロスの張替え費用を払うのはどんなときか
借主が払うのは、普通に暮らしていれば付かない傷や汚れがあるときだけです。民法621条は、通常の使用による損耗と経年変化を借主の原状回復から外しています。国土交通省の原状回復ガイドラインは、壁・天井のクロスを次のように分けました。
クロスの傷・汚れと負担の区分(ガイドライン別表1)
| 傷・汚れ | 負担 | ガイドラインの考え方 |
|---|---|---|
| 日照による変色・ポスターや絵画の跡 | 貸主 | 日照は通常の生活で避けられない |
| テレビ・冷蔵庫の裏の黒ずみ(電気ヤケ) | 貸主 | 家電は生活の必需品 |
| 画鋲・ピンの穴、自分で付けたエアコンのビス穴 | 貸主 | 通常の生活の範囲 |
| 不注意で付けた傷・剥がれ | 借主 | 張替えが必要なほどのキズは修理する(Q7) |
| 落書きなど、わざと付けた傷 | 借主 | 故意による毀損 |
| タバコのヤニ・臭い | 借主 | 通常の使用による汚損を超える |
| 結露を放置して広がったカビ・シミ | 借主 | 貸主に知らせず、拭き取りも怠った場合 |
| 掃除を怠った台所の油汚れ | 借主 | 使用後の手入れが悪い場合 |
| 飼っているペットの傷・臭い | 借主 | 柱やクロスの傷・臭いの例として明記 |
結露のカビは、ガイドラインでは建物の構造の問題であることが多いとされています。借主負担になるのは、結露に気づいても貸主に知らせず、拭き取りもせずに壁を傷めた場合です。
国民生活センターも、年月の経過による損耗や普通の使い方で付いた汚れ・キズの修繕費は借主負担ではないと案内しています。「張替え」と書かれた請求でも、原因が日焼けや電気ヤケなら払う理由はありません。
掃除で落ちる汚れと落ちない汚れの線引き、ヤニを拭くときの注意は退去の掃除はどこまでやるかで扱っています。
張り替える範囲はどこまでか。一面と全面
借主が払う張替えの範囲は、傷を付けた箇所を含む壁の一面までが原則です。ガイドラインの別表2は、㎡単位が望ましいとしたうえで、一面分までは借主負担もやむをえないとしています。
部屋全体の張替えが借主負担にならない理由
傷が一部でも、色や模様を合わせるために部屋全体を張り替える工事は珍しくありません。ガイドラインはこれを、物件の商品価値を保つための部分、言い換えればグレードアップに当たる部分を含む工事と見ています。
部屋全体の費用を借主に回すと、貸主が原状回復以上の得をする。逆に傷の部分だけを張ると継ぎ目が目立ち、回復したとは言えない。その間を取ったのが「一面まで」という線です。Q7も、不注意で一部に傷を付けた場合の答えとして同じ線を示しています。
全面張替えになるのは、ヤニが部屋全体に回った場合
例外は、タバコのヤニです。別表2は、喫煙で居室全体のクロスが変色したり臭いが付いたりした場合に限り、その居室全体のクリーニングか張替え費用を借主負担としています。
ヤニがあっても、変色が一部の壁だけなら一面の考え方に戻ります。全面張替えを求められたら、部屋全体に変色や臭いが及んでいるかを、写真で確かめるところから始めてください。
一面と全面で、金額はどれだけ違うか
面積で比べると差がよく分かります。窓やドアを差し引かない単純な例で計算します。
一面と全面の面積・金額の例(仮に単価1,000円/㎡・入居時に新品)
| 一面(幅3.6m×天井高2.4m) | 全面(2.7m×3.6mの部屋の4面) | |
|---|---|---|
| 面積 | 8.64㎡ | 30.24㎡ |
| 張替え費用(単価×面積) | 8,640円 | 3万240円 |
| 3年住んで退去(残存50%) | 4,320円 | 1万5,120円 |
| 6年以上住んで退去 | 1円 | 1円 |
同じ3年でも、一面なら4,320円、全面なら1万5,120円。3倍以上の差になります。単価1,000円は計算のための仮の数字で、相場ではありません。
クロスの張替え範囲の決まり方
- その傷・汚れは、普通に暮らしていても付くものか
- 1日焼け・電気ヤケ・画鋲の穴 → 0円通常損耗と経年変化は貸主負担
- 2不注意の傷・落書き・ペット → 傷のある壁の一面まで㎡単位が望ましく、上限は一面分(別表2・Q7)
- 3ヤニが居室全体に回っている → その居室全体一部の壁だけなら一面の考え方に戻る
- 4どの場合も、入居年数で負担割合を掛ける6年で残存1円の直線
部屋全体の色合わせの分は、借主の負担に入らない
図:クロスの張替えは、原因→範囲(一面か居室全体か)→入居年数の順に決まる。
クロスの張替え費用の計算。6年で残存1円の直線
借主の負担額は、単価×張り替える㎡×残存割合で計算します。残存割合は、クロスの耐用年数6年で価値が1円になる直線から読みます。
入居年数ごとの負担割合
入居時にクロスが新品だった場合の負担割合です。直線で計算しています。
入居年数とクロスの負担割合(6年で残存1円の直線・入居時に新品の場合)
| 入居年数 | 1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | 6年以上 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 負担割合 | 約83% | 約67% | 50% | 約33% | 約17% | 1円 |
ガイドライン掲載の事例17(東京簡易裁判所 平成14年7月9日判決)は、この計算をそのまま使いました。入居直前に張り替えたクロスで退去時2年余り、残存価値を約60%と見て、1,700円/㎡×約5㎡×60%=5,100円を借主の負担としています。
入居時に新品でなければ、出発点が下がる
上の表は、入居の直前に張り替えた場合の数字です。前の入居者のときから同じクロスなら、価値は入居時点で100%ではありません。
ガイドラインは、入居時の状態に合わせてグラフを下にずらし、1円を下限に決めるとしています。どこを出発点にするかは、契約当事者が確認して協議する扱いです。請求書に年数の記載がなければ、そのクロスをいつ張り替えたかを管理会社に聞いてください。
なぜ年数で減らすのか。裁判所の理屈
ガイドライン掲載の事例34(大阪高等裁判所 平成21年6月12日判決)は、理由をこう述べています。クロスのように劣化が早い部材は、傷の補修で張り替えると、経年劣化などの通常損耗まで一緒に直ってしまう。その分まで借主に払わせると、貸主が得をする、という理屈です。
この事案ではヤニで全面張替えが必要でしたが、借主は7年以上住んでおり、通常損耗による減価を90%と見て差し引いています。全面張替えでも、年数による減額は外れないということです。
クロス張替えの借主負担の計算
- 単価
- 入居時と同じグレード。高級品への変更分は負担しない(Q13)
- 面積
- 傷のある壁の一面まで。ヤニが居室全体ならその居室
- 残存割合
- 6年で残存1円の直線。入居時に古ければ出発点が下がる
- 事例17
- 1,700円×約5㎡×約60%=5,100円
- 事例34
- ヤニで全面張替え。減価90%を差し引く
- 事例40
- 居室全体の張替えでも、経年分約77.5%を差し引く
図:クロス張替えの借主負担は「単価×面積×残存割合」。全面張替えでも年数の減額は効く。
6年以上住めばクロスの張替え費用は0円か
不注意の傷なら、6年を過ぎたクロスの負担は1円まで下がります。ただし、わざと付けた落書きや傷は別扱いです。
ガイドラインは、耐用年数を過ぎた設備でも、借主は善良な管理者として注意して使う義務を負うと書いています(民法400条)。例に挙がっているのが、クロスにわざと書いた落書きを消すための工事費や人件費です。年数を超えていても、借主の負担になることがあるとされています。
6年以上住んだときのクロスの負担
| ケース | 6年以上住んだときの負担 | 根拠 |
|---|---|---|
| 不注意の傷・剥がれ | 1円まで下がる | 別表2(6年で残存1円) |
| ヤニで居室全体が変色 | 1円まで下がる(全面張替えでも年数は効く) | 別表2・事例34 |
| わざと書いた落書き・付けた傷 | 工事費・人件費の負担がありうる | 第1章Ⅱ3(2)①なお書き |
| クロスの下のボードまで傷めた穴 | ボードの補修は年数で下がらない | 事例17(ボード穴は全額) |
子どもの落書きが争われた事例20(東大阪簡易裁判所 平成15年1月14日判決)もあります。借主は、落書きのある11㎡分について、1,050円/㎡×11㎡×28.75%=3,320円が自分の負担だと主張しました。裁判所は借主の請求を全面的に認めています。
この28.75%は、残存価値を10%とする当時の計算です。今のガイドラインは1円を下限にしているので、同じ年数ならもう少し低い割合になります。
タバコのヤニ・ペット・カビで変わること
原因によって、範囲と年数の扱いが変わります。
タバコのヤニ
ヤニの変色と臭いは借主負担です。ただし、範囲が居室全体になるのは、部屋全体に変色や臭いが及んでいる場合だけです。年数による減額は全面張替えでも効きます(事例34)。
喫煙が契約で禁止されている物件では、喫煙自体が用法違反に当たるとガイドラインは書いています。契約書の喫煙の扱いを先に確かめてください。
ペット
飼っているペットによるクロスの傷や臭いは、借主負担の例としてガイドラインに明記されています。ペット可の物件でも、傷を付けてよい契約ではありません。
ガイドラインは、例外の特約の例として「クロス張替費用(居室内でのペット飼育を認めるため)」を挙げています。ペット可の物件では、この種の特約が付いていないかを契約書で確かめてください。
カビ
結露によるカビは、建物の構造が原因のことが多く、それだけなら貸主負担です。借主負担になるのは、結露に気づいたのに貸主へ知らせず、拭き取りもせず、壁を傷めた場合です。
カビが出たら、その時点で管理会社に伝えておくと、退去時に「放置した」と言われる余地が減ります。
「クロスは全額借主負担」という特約
通常損耗まで借主に払わせる特約は、ガイドラインが示す3つの要件を満たして初めて有効になります。特約の必要性と合理的な理由があること、借主が通常の原状回復を超える負担だと認識していること、借主がその負担に同意していることの3つです。
最高裁判例も、借主が負担する通常損耗の範囲が契約書に具体的に書かれているか、口頭で説明されて明確に合意していることを求めています。消費者契約法10条で無効になる場合もあります。特約の型ごとの判定はフローリングの傷の退去費用で詳しく扱いました。
クロス張替えの請求書で確かめる5点
請求書の「クロス張替え一式」は、そのままでは検算できません。次の5点が分かれて書かれているかを見てください。
- 原因。日焼け・電気ヤケ・画鋲の穴が入っていないか
- 範囲。傷のある壁の一面を超えていないか(ヤニは居室全体に及んでいるか)
- ㎡数。部屋の壁の面積と合っているか
- 単価。入居時と同じグレードか。高級品への変更分は負担しない(Q13)
- 年数。入居年数と、入居時にクロスが新品だったか
ガイドラインのQ13は、原状回復の費用は資材や施工方法で物件ごとに違い、単価には労賃が含まれることが多いと答えています。Q17では、借主は明細を求めて説明を受けることができるとしています。
仲介の現場では、内訳を書面で求めただけで「一式」の金額が組み直された精算書を何度も見ました。内訳が無ければ、まず明細を求めるところからです。
国民生活センターが紹介した相談事例でも、2年住んだ部屋の請求書に「クロス修復代約1万円」が他の項目と並んでいました。1項目ずつ確かめると、払う分と外せる分が分かれます。
退去費用の他の項目は賃貸の退去費用の相場で確認できます。すでに敷金から差し引かれた後なら、敷金が返金されない時の請求方法の手順で取り戻しを求めてください。
よくある質問
Q1:退去時のクロス張替え費用の相場はいくらですか?
公的な相場統計はありません。金額は「単価×張り替える㎡×残存割合」で決まります。ガイドライン掲載の裁判例では、1,700円/㎡(平成14年)や1,050円/㎡(平成15年)の単価が使われました。仮に単価1,000円で、幅3.6m×高さ2.4mの壁一面(8.64㎡)を3年住んで退去するなら、借主の負担は4,320円です。
Q2:一部の傷なのに、部屋全体のクロス張替え費用を請求されました。払うべきですか?
払う範囲は、原則として傷のある壁の一面までです。ガイドラインは、部屋全体の色合わせは商品価値の維持やグレードアップに当たる部分を含むとし、一面分までを借主負担の線にしています。ただし、ヤニで居室全体が変色・臭いが付いている場合は居室全体が対象になります。
Q3:6年以上住んだら、クロスの張替え費用は払わなくていいですか?
不注意の傷なら、負担は1円まで下がります。ただし、わざと書いた落書きなどは、耐用年数を過ぎていても工事費や人件費の負担がありえます。クロスの下のボードまで傷めた穴は、ボードの補修が年数で下がりません。
Q4:タバコを吸っていました。クロスは全額負担ですか?
全額にはなりません。ヤニで居室全体が変色していれば全面張替えが対象になりますが、年数による減額は効きます。大阪高裁の判決(平成21年6月12日・ガイドライン事例34)では、7年以上住んだ借主について、通常損耗の減価90%を差し引いて負担額を決めました。
Q5:2LDKの退去で、クロス張替えはいくらかかりますか?
間取りで決まる金額はありません。傷やヤニがある部屋と壁だけが対象で、他の部屋のクロスは張替えの範囲に入りません。請求書の部屋ごとの㎡と単価を見て、傷のない部屋が含まれていないかを確かめてください。
まとめ
- 日焼け・電気ヤケ・画鋲の穴は0円。借主が払うのは不注意の傷・落書き・ヤニ・ペット・放置したカビなど
- 範囲は傷のある壁の一面まで。居室全体はヤニが部屋全体に回った場合だけ
- 金額は単価×㎡×残存割合。6年で残存1円の直線で、入居時に古ければ出発点が下がる
- 全面張替えでも年数の減額は効く(事例34は減価90%、事例40は約77.5%を差し引き)
- 6年以上でも、わざと付けた傷の工事費・人件費は負担になりうる
- 請求書は「原因・範囲・㎡・単価・年数」の5点に分けて確かめる
クロスの請求は「一式」でまとめられがちですが、原因と範囲と年数に分ければ自分で検算できます。退去前に、傷のある壁の写真と、入居時のクロスの状態が分かる写真をそろえておいてください。
免責事項
※本記事は民法・消費者契約法の条文、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」とそこに掲載された裁判事例の要旨、国民生活センターの公表資料(2026年10月時点)と不動産仲介の現場で見てきた事例をもとに整理した一般的な情報です。張替えの範囲・単価・特約の有効性は個々の契約書と物件の状態により異なります。個別の契約判断・法律相談は宅地建物取引士・弁護士・消費生活センター等の有資格者・公的窓口にご相談ください。

