賃貸の壁の穴は、画鋲やピンの穴なら退去費用はかかりません。重い物を掛けたネジ穴や、物をぶつけて空いた穴は借主負担が出発点です。費用はボードの補修とクロスの張替えに分かれ、入居年数で安くなるのはクロスの側だけです。
この記事でわかること
- 画鋲・ピン・エアコンのビス穴・ネジ穴・ぶつけた穴の借主負担の線引き(国交省ガイドライン別表1)
- 穴の費用がボードの補修とクロスの張替えの2つに分かれること。裁判例の内訳(ボード1万5,000円・クロス5,100円)
- クロスを張り替える範囲の上限は穴のある壁の一面分まで
- 6年住んだらネジ穴は0円になるか。下がる部分と下がらない部分
- 自分で穴埋めする前に確かめること、火災保険で払えるかの見分け方
出典: 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」/民法(e-Gov法令検索)/日新火災「お部屋を借りるときの保険」補償の内容
賃貸の壁の穴で退去費用がかかるのはどんな穴か
決め手は、穴が普通の暮らしで空くものかどうかです。民法621条は、通常の使用で生じた損耗と経年変化を、借主の原状回復の対象から外しています。国土交通省の原状回復ガイドラインは、壁の穴をこの線で次のように分けました。
壁の穴の種類と負担(ガイドライン別表1・民法621条)
| 穴の種類 | 区分 | 負担 | ガイドラインの考え方 |
|---|---|---|---|
| 画鋲・ピンの穴(下地ボードの張替えが要らない程度) | 通常損耗 | 貸主 | ポスターやカレンダーの掲示は通常の生活の範囲 |
| 自分で付けたエアコンのビス穴・跡 | 通常損耗 | 貸主 | エアコンは生活の必需品になっている |
| ポスターや絵画の跡(日焼けの色の差) | 通常損耗 | 貸主 | 日照による変色は避けられない |
| 重い物を掛けるためのくぎ穴・ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度) | 通常の使用を超える | 借主 | 画鋲より深く範囲も広い |
| 天井に直接付けた照明器具の跡 | 通常の使用を超える | 借主 | 照明用の器具を使わなかった場合 |
| 家具をぶつけた・転んで空いた穴 | 過失による損傷 | 借主 | 民法621条の損傷。裁判例でも過失に争いがなければ借主 |
| 殴る・蹴るなどわざと空けた穴 | 故意の毀損 | 借主 | 落書き等の故意による毀損と同じ扱い |
ネジ穴が借主負担になる条件は2つ重なっています。重い物を掛けるために空けたこと、そして下地ボードの張替えが必要な程度であることです。カレンダー用の細いピンや、小さなフックの針は画鋲の側に入ります。
地震対策の固定ネジは、先に貸主へ聞く
家具の転倒防止でL字金具を壁にネジ止めしたい、という相談は仲介の現場でも多くありました。ガイドラインは、地震などに備えた転倒防止について、あらかじめ貸主の承諾を得るか、くぎやネジを使わない方法を検討するよう書いています。承諾を取っておけば、退去時に「勝手に空けた穴」として扱われる心配は小さくなります。
画鋲の穴が多い・大きいとき
画鋲の穴は、数が多くても通常損耗の扱いが基本です。ただし、ガイドラインの区分には「下地ボードの張替えは不要な程度のもの」という条件が付いています。押しピンを抜くときに壁紙ごと裂いた、太いピンで同じ場所を何度も刺して穴が広がった、という場合は画鋲の側から外れることがあります。
壁の穴が借主負担になるかの判定
- その穴は、普通に暮らしていても空くものか
- 1画鋲・ピン・エアコンのビス穴 → 貸主負担下地ボードの張替えが要らない程度なら通常損耗。補修も不要
- 2重い物を掛けたネジ・くぎ穴 → 借主負担下地ボードの張替えが必要な程度なら通常の使用を超える
- 3ぶつけた・わざと空けた穴 → 借主負担過失や故意の損傷。費用はボードとクロスに分けて計算する
- 4借主負担でも、クロス分は年数で下がる6年で残存1円の直線。ボードの補修は年数で下がらない
転倒防止のネジは、空ける前に貸主の承諾を取る
図:壁の穴は、通常の暮らしで空くか→ネジか過失か→クロス分の年数、の順に判定する。
穴の費用はボードの補修とクロスの張替えに分かれる
借主負担になった穴の費用は、下地ボードの補修と、周りのクロスの張替えの2つでできています。この2つは計算の仕方が違います。請求書で1行にまとめられていたら、まず分けてもらってください。
裁判例の内訳。ボード1万5,000円・クロス5,100円
ガイドラインに載っている事例17(東京簡易裁判所 平成14年7月9日判決)が、そのまま計算の見本になります。借主が過失で壁ボードに穴を空けたことには争いがなく、論点は金額でした。
ガイドライン事例17の認定額(東京簡裁 平成14年7月9日)
| 項目 | 裁判所の判断 | 借主の負担 |
|---|---|---|
| 壁ボードの穴 | 過失による。修理費用の全額を負担 | 1万5,000円 |
| 穴の周りのクロス | 最小単位の張替えは必要。範囲は約5㎡。入居直前に張替え済みで退去時2年余り=残存価値約60% | 1,700円/㎡×5㎡×60%=5,100円 |
ボードの補修は全額、クロスは張り替えた面積に経過年数を掛けて減額、という分け方です。敷金14万2,000円のこの事案では、清掃費なども合わせて9万3,294円の返還が命じられました。
金額は平成14年当時の数字で、今の単価と同じとは限りません。使えるのは計算の型のほうで、請求書を見るときは単価と㎡を自分の物件の数字に置き換えます。
クロスの張替えは、穴のある壁の一面までが上限
穴の周りのクロスを、どこまで張り替えた費用を払うか。ガイドラインの別表2は、㎡単位が望ましいとしたうえで、毀損させた箇所を含む一面分までは借主負担もやむをえないとしています。
部屋全体の色をそろえるための張替えは、借主の負担に入りません。ガイドラインはこれを、貸主の商品価値を上げる部分として扱っています。穴が1か所なのに「洋室クロス全面」と書かれていたら、張替えの範囲を一面に直してもらう余地があります。
仮に、幅3.6m・天井高2.4mの壁一面で8.64㎡です。事例17と同じ1,700円/㎡を当てはめると1万4,688円になります。入居時に新品で3年住んだなら残存は50%で、借主の負担は7,344円という計算です。
壁の穴の費用を分けて計算する
- 範囲
- 穴を直せる最小の範囲
- 年数
- 入居年数では減らない(事例17は全額)
- 確かめる
- 補修か、ボード交換か。交換なら枚数と大きさ
- 範囲
- ㎡単位が望ましく、上限は穴のある壁の一面
- 年数
- 6年で残存1円の直線で減る
- 確かめる
- 張替え㎡・単価・入居時に新品だったか
図:借主負担の穴は「ボード補修(全額)+クロス(一面まで×残存割合)」で計算する。
相場の数字が出回っているが、公的な統計は無い
壁の穴の補修費に、公的な統計や公式の料金表はありません。ガイドラインのQ13も、原状回復の費用は資材のグレードや施工方法で物件ごとに違い、単価には労賃が含まれることが多いと答えています。
だから比べる相手は、ネットの相場より自分の請求書の内訳です。ボードの補修方法と範囲、クロスの㎡と単価、入居年数の4つが書かれていれば検算できます。高級なクロスに替える分(グレードアップ)を借主が払う必要はない、という点もQ13に書かれています。
6年住んだらネジ穴の退去費用は0円になるか
0円にはなりません。下がるのはクロスの部分だけで、ボードの補修は年数で減らないからです。
クロスは6年で残存価値1円になる直線で、借主の負担割合が下がります。入居時に張り替えたばかりなら6年で1円です。入居した時点でクロスが古かったなら、出発点がもともと下にあります。ガイドラインはこれを、入居時の状態に合わせてグラフを下にずらす形で示しました。
一方で、ボードは部屋の構造に近い部材で、事例17でも全額が借主負担でした。さらにガイドラインは、耐用年数を過ぎた設備でも、借主は善良な管理者として注意して使う義務があると書いています(民法400条)。
例として挙がっているのは、クロスにわざと書いた落書きを消す工事費や人件費です。年数を超えていても負担になることがある、という書き方でした。わざと空けた穴も同じ考え方になります。
6年以上住んだときのネジ穴・壁の穴の費用
| 部分 | 6年以上住んだとき | 根拠 |
|---|---|---|
| クロスの張替え(入居時に新品) | 残存1円まで下がる | ガイドライン別表2 |
| クロスの張替え(入居時から古い) | 6年より早く下限に届く | ガイドライン図4 |
| 下地ボードの補修 | 年数では下がらない | 事例17(全額負担) |
| わざと空けた穴の補修 | 年数を超えても工事費・人件費の負担がありうる | ガイドライン第1章Ⅱ3(2)① |
自分で穴埋めする前に確かめること
画鋲の穴は、埋めずにそのまま退去して構いません。通常損耗なので、補修する義務がないからです。市販のパテで埋めると色や質感が合わず、かえって目立つことがあります。同じ扱いは退去の掃除はどこまでやるかでも説明しました。
ネジ穴や、ぶつけて空いた穴は話が違います。
先に管理会社へ知らせる。補修は自分でしなくてよい
民法615条は、借りている物に修繕が必要になったら、借主は遅滞なく貸主に知らせなければならないと定めています。穴を空けたら、退去の前でも管理会社に伝えて、補修の方法を聞くのが筋です。
自分で直す義務まではありません。ガイドライン掲載の事例34(大阪高等裁判所 平成21年6月12日判決)は、借主が自分で補修工事をしないときは、通常損耗を差し引いた状態まで直す費用に当たる額を払えば足りる、と述べました。
業者に頼む前に、管理会社が指定業者で直すのか、借主の手配でもよいのかを確かめてください。貸主の側で直す前提なら、自分で業者を呼んだ費用が無駄になることがあります。
自分で埋めた跡は、退去の確認で見られる
自分でパテを詰めて壁紙を貼った穴も、退去の立ち会いでは見られます。補修の出来が悪ければ、ボードからやり直す費用を請求される形になりがちです。隠すより、空けた経緯を伝えて範囲と単価を話し合う方が、結果として安く済む場面を何度も見てきました。
火災保険で壁の穴の修理費を払えるか
払えるかどうかは、加入している保険の「借家人賠償」が、どんな事故を対象にしているかで決まります。同じ「賃貸の火災保険」でも、商品によって正反対です。
公式の記載で確認できた2つの型(2026年10月5日取得)
| 日新火災「お部屋を借りるときの保険」 | 東京海上日動「借家人賠償責任・修理費用補償特約」 | |
|---|---|---|
| 借家人賠償の対象 | 火災・破裂・爆発・水ぬれの事故 | 偶然な事故で借家に生じた損害 |
| 壁の破損の扱い | 支払えない例に「模様替えで壁紙を破損」 | 偶然な事故なら対象になりうる |
| 修理費用 | 列挙した事故のみ。それ以外の破損・汚損は対象外 | 賠償費用以外に発生した修理費用も補償 |
前者の型なら、家具をぶつけて空けた穴に借家人賠償は使えません。後者の型なら、不注意で空いた穴が対象になりえます。日新火災の案内では、個人賠償責任も「友人から借りたゲーム機を壊した」例を支払えない例に挙げています。借りている部屋の壁を、個人賠償で払えると考えるのは早計です。
確かめる順番は3つです。
- 保険証券か加入者ページで、借家人賠償の特約名を見る
- 補償する事故に「破損・汚損」や「偶然な事故」が入っているかを見る
- 修理の前に保険会社へ連絡し、見積書と写真の出し方を聞く
わざと空けた穴は「偶然な事故」に当たらないので、どちらの型でも対象外と考えてください。保険料の相場と、自分で選ぶときの見方は賃貸の火災保険の相場にまとめています。
壁の穴に火災保険が使えるかの確認
- その穴は、わざと空けたものではないか
- 1わざと空けた → 対象外偶然な事故に当たらない
- 2借家人賠償の補償事故を見る火災・破裂・爆発・水ぬれだけなら、ぶつけた穴は対象外
- 3「偶然な事故」「破損・汚損」が入っている → 対象になりうる修理前に保険会社へ連絡。見積書と写真を用意
個人賠償責任は、借りている物を対象外にしている商品がある
図:壁の穴の保険は、故意でないか→借家人賠償の補償事故の順に確かめる。
壁の穴の請求書が届いたら確かめる5点
穴の請求は、項目が「壁補修一式」のようにまとめられがちです。次の5点が分かれて書かれているかを見てください。
- 穴の種類。画鋲・ピンやエアコンのビス穴が含まれていないか
- ボードの補修方法と範囲。部分補修か、ボード交換か
- クロスの張替え㎡。穴のある壁の一面を超えていないか
- クロスの単価。入居時と同じグレードか
- 入居年数と、入居時にクロスが新品だったか
内訳が書かれていなければ、項目ごとの明細を求めてください。ガイドラインのQ17も、借主は明細の説明を求めることができるという立場です。
退去費用の他の項目は賃貸の退去費用の相場で、同じ考え方の床の傷はフローリングの傷の退去費用で扱っています。すでに敷金から引かれた後なら、敷金が返金されない時の請求方法の手順で取り戻しを求めてください。
よくある質問
Q1:賃貸の壁に穴が空いたら、退去費用はいくらですか?
穴の種類で変わります。画鋲・ピンの穴やエアコンのビス穴なら0円です。重い物を掛けたネジ穴やぶつけた穴は、ボードの補修とクロスの張替えの費用がかかります。ガイドライン掲載の裁判例(東京簡裁 平成14年7月9日)では、ボード補修1万5,000円が全額、クロスは約5㎡を残存60%で計算した5,100円でした。公的な相場統計は無いので、自分の請求書の単価と㎡で確かめます。
Q2:画鋲の穴は退去時に費用を払いますか?
払いません。ガイドラインは、ポスターやカレンダーの掲示に使った画鋲・ピンの穴を通常損耗としています。補修も不要で、パテで埋めるとかえって目立つ場合もあるでしょう。ただし、下地ボードの張替えが必要なほど穴を広げた場合は、この扱いから外れることがあります。
Q3:6年以上住んでいればネジ穴は無料ですか?
無料にはなりません。6年で残存1円まで下がるのはクロスの張替えの部分だけです。下地ボードの補修は入居年数では下がらず、裁判例でも全額が借主負担でした。わざと空けた穴は、耐用年数を過ぎていても工事費や人件費の負担がありえます。
Q4:自分でパテを使って穴埋めしてもいいですか?
画鋲の穴は埋めなくて大丈夫です。ネジ穴やぶつけた穴は、先に管理会社へ知らせて補修の方法を聞いてください(民法615条の通知義務)。自分で補修する義務はなく、補修しない場合は相当する費用を払えば足りる、という裁判例があります(大阪高裁 平成21年6月12日)。出来の悪い補修は、ボードからのやり直しを請求される原因になります。
Q5:壁に穴を空けたら火災保険は使えますか?
加入している借家人賠償の対象事故しだいです。火災・破裂・爆発・水ぬれだけが対象の型なら使えません。日新火災の案内は「模様替えで壁紙を破損」を支払えない例にしています。「偶然な事故」を対象にする特約(東京海上日動の借家人賠償責任・修理費用補償特約など)なら、不注意の穴が対象になりえます。わざと空けた穴は対象外です。
まとめ
- 画鋲・ピンの穴、エアコンのビス穴は通常損耗で貸主負担。補修もしなくてよい
- 借主負担は重い物用のネジ・くぎ穴(ボードの張替えが要る程度)、ぶつけた穴、わざと空けた穴
- 費用はボードの補修(年数で下がらない)+クロスの張替え(一面まで・6年で1円)に分けて計算する
- 裁判例ではボード1万5,000円が全額、クロスは5㎡×1,700円×60%=5,100円
- 6年住んでも0円にはならない。下がるのはクロスの部分だけ
- 穴を空けたら先に管理会社へ知らせる。火災保険は借家人賠償の補償事故を確認してから
壁の穴は、空いた日に管理会社へ一報を入れておくと、退去のときに話が早く進みます。請求書が届いたら、ボードとクロスを分け、クロスの㎡が一面を超えていないかを見てください。そこまで分ければ、払う分と外せる分ははっきりします。
免責事項
※本記事は民法の条文、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」とそこに掲載された裁判事例の要旨、国民生活センターの公表資料、損害保険会社の公式案内(2026年10月時点)と不動産仲介の現場で見てきた事例をもとに整理した一般的な情報です。補修費用の額・保険の補償範囲は個々の契約書・保険契約と物件の状態により異なります。個別の契約判断・法律相談は宅地建物取引士・弁護士・消費生活センター等の有資格者・公的窓口に、保険の適用は加入先の保険会社にご相談ください。

