契約の成立・手付金・仲介手数料・解約などの関係

1. 「契約の成立」とは?

 一般に、契約が成立するには、一方の「申込」の意思表示に対する他方の「承諾」の意思表示が必要です。

 そして、「申込」・「承諾」は、文書で交わさなくても、口頭だけでも成立します。

 これを、専門用語で「諾成契約」と呼んでいます。

 賃貸契約も、本来は、口頭だけでも成立します。

 しかし、口頭だけだと、「言った・言わない」というトラブルが発生する可能性があるので、トラブル予防のため、「契約した内容」をきちんと文書で保存しておくために、「契約書」を作成するようにしているのです。

 つまり、契約書とは、契約の成立の要件ではなく、契約が成立したことを覚えておくための書類なのです。

 したがって、法的には、「契約書に双方の署名・捺印がまだ」であっても、契約そのものは成立していると考えられているのです。

 そして、不動産の取引においては、大きなお金が動くことが多いため、契約の成立が安定したものになるように、口頭だけの合意だけでなく、それぞれに一定の拘束を課しておくための手付金(解約手付)の授受を契約成立の要件としているのです。

 賃貸借契約においては、借受希望者による「入居申込書」が仲介業者に提出され、家主による審査を経て、家主から「契約に応じます」という承諾が行われたときに、契約が成立することになります。

 もう少し細かく言いますと、通常、借受希望者が申し込む際、「○○日までに承諾するかどうかの返事をしてほしい」というような承諾期間を設定することはないため、家主は、承諾の意思が、まだ借主に到着していなくても、仲介業者に連絡した時点で契約が成立するとされています。(「隔地者間における契約の成立時期に限っては、承諾の通知を発信した時に成立する」承諾意思の発信主義、民法526条1項)

 なお、借主の面前で家主が承諾した場合には、その時点で契約が成立したと考えられます。

 また、借受希望者が、いったん「申込」を行った後は、「相当の期間」の経過後でないと、申し込みの撤回ができない(民法524条)とされています。

 「相当の期間」とは、申込みを受けた相手方が諾否を考慮し、且つ、承諾の通知をするのに必要な時間を基準として決定されることになっていますので、賃貸借契約においては、家主が承諾の意思を明らかにするまでに、申し込みを撤回することは事実上不可能です。

2. 実務上のさまざまな解釈と問題点

 建物の賃貸借契約の「契約の成立」については、民法上の本来の考え方と賃貸借契約の実務が異なるため、不動産業界では、さまざまな解釈がなされています。

 主な解釈を上げ、その問題点の有無を考えてみましょう。

A) 家主と借主の双方が契約書に署名・押印した時点

B) 双方の署名・捺印をした契約書を家主が借主に送付した時点

C) 双方の署名・捺印をした契約書を仲介業者が借主に交付した時点

D) 家主から物件のカギを受け取った時点

E) 手付金授受以外に申込者から保証人の保証書面が交付された時点

F) 借主が入居申込書を提出した時点

G) 仲介業者で重要事項説明書を発行した時点

H) 家主の審査が終了した時点

I) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾した時点(手付金支払い前)

J) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾し、その後、借主が手付金を送金した時点

K) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾し、その後、借主が送金した手付金を家主が入金確認した時点

 まず、はじめの解釈から見ていきましょう。

 「A) 家主と借主の双方が契約書に署名・押印した時点」ですが、これは、実は、「財団法人 不動産適正取引推進機構」が編集発行している「住宅賃貸借(借家)契約の手引」の15ページに記載されていることなのです。

 つまり、公的機関による解釈なのです。

 しかし、この記載だけが一人歩きすると実に危険なのです。

 この記載の後には、「賃貸借の実務では、貸主が契約の場に立ち会わず、契約書への貸主の記名・押印が遅れることがあります。
 このような場合において、貸主が明らかに承諾し、手付金等の契約に伴う金銭が、借主から貸主側に支払われたり、借主が鍵の引渡しを受けたりすれば、契約は成立しているといえるでしょう。」という記載が続くのですが、実務のほとんどのケースは、仲介業者で借主が契約手続きを行いますから、家主が同席しないことがほとんどですので、後段のように、家主の承諾の意思を明確に確認した時点で契約は成立するのです。

 公的機関の手引きですので、尊重しなければなりませんが、都合の良い部分だけを恣意的に引用されてしまうと、危険なのです。

 「契約の成立」と「解約」は密接な関係がありますので、例えば、借主が、「家主と借主の双方が契約書に署名・押印した時点が契約の成立時期なので、まだ、家主の署名・押印をもらっていないから契約は成立しておらず、したがって、借主の都合で解約する場合、家主に預けたお金や仲介手数料は返還すべきである」という解釈をされてしまう可能性があるのです。

 「手引き」では、「実際の取引」と「賃貸借の実務」ということで、異なった記載を併記しているため、混乱を与えかねないのです。

 いずれにしても、この部分だけを取り出すことは無用の混乱を招くことになります。

 次に、「B) 双方の署名・捺印をした契約書を家主が借主に送付した時点」ですが、これは、「家主が承諾の意思表示を発信したときに契約が成立する」ということの一つの解釈例です。

 仲介業者での契約手続きの際、家主の審査がすばやく終了して契約の承諾を得た場合でも、借主が契約書に署名・押印し、その契約書を家主に送付し、家主が署名・押印し、その契約書を借主に送付するまでは、一定の期間がかかります。

 そうすると、その一定期間の間は、まだ契約が成立していないということになりますので、家主側は、その間、引き続き入居者を募集し、よりよい条件で借りてくれる借り手が見つかれば、家主の署名・押印が済んだ契約書が送られてくるのを待っている借主に、「契約はまだ成立していなかったので、別の人と契約することにした。預かったお金はそのまま返却する」ということが可能になってしまうのです。

 一方、借主側は、相当期間の間は、申し込みの撤回ができませんので、そのまま家主から契約書が送られてくるのを待つだけです。

 つまり、このような解釈でいくと、家主だけが一方的に有利な立場に立つことになり、法的な公平性を欠くことになるのです。

 その次の「C) 双方の署名・捺印をした契約書を仲介業者が借主に交付した時点」は、Bに似ていますが、時系列で見れば、Bよりもさらに遅くなりますので、より家主に有利な解釈となってしまいます。

 不動産業者団体が運営している「不動産ジャパン」のホームページでは、「住まいお役立ち情報」の「10.提出した申込書等の内容について貸主の確認を受ける」のところで、「ただ、実務的には、その前段階(入居申込書の提出段階)で、媒介(代理)業者が借主に契約前の重要事項説明を行い、その際に、借主から賃貸借契約書に署名押印してもらったものを貸主に送り、貸主が申込書類と一緒に審査をしたのちに貸主が契約書に署(記)名押印するというかたちで進められていきますので、結果的には、賃貸借契約が確定的に成立したといえるのは、貸主から送られてきた契約書を媒介(代理)業者が借主に交付したときということになるでしょう」という説明を行っていますが、家主に一方的に有利な解釈と言わざるを得ません。

 「D) 家主から物件のカギを受け取った時点」という解釈は、逆に考えると実に危険な解釈であることがわかります。

 つまり、家主からカギを受け取るまでは、契約が成立していないので、家主・借主とも、一切のペナルティーを被ることなく、他の契約を行うことができるからです。

 例えば、入居直前になって、一方から他方に対して、「他の人と契約することにした」と言われても、契約が成立していないわけですから、責任追及することができないのです。

 「E) 手付金授受以外に申込者から保証人の保証書面が交付された時点」というのは、例えば、京都府土木建築部建築指導課長による通達「賃貸物件の媒介等の適正化について」(平成5年1月13日付、5建第57号)で、「(契約が成立するには)保証人の確保等、契約の停止条件を貸主から提示している場合は、申込者から当該保証書面が交付されることを要する」としているような場合です。

 通常、賃貸借契約においては、連帯保証人をつけなければならないというケースがほとんどでしょう。

 もし、通常の賃貸借契約が、「連帯保証人の保証書面の交付を停止条件にした契約」と解釈すれば、その交付が行われるまでは、家主も借主も自由に解約(実際には契約が成立していないとするので「解約」とは言えませんが)できるということになり、非常に不安定な状況となります。

 そもそも、「保証人の確保」は、賃貸借契約の「停止条件」ではなく、「解除条件」です。混同される場合がありますが、法律上の効果としてはまったく異なります。

 「停止条件付契約」とは、「条件が成就することにより契約の効力が発生する」ことで、建築条件付土地売買契約(売買契約後、指定の建築請負契約を交わすことで契約の効力が発生する)などが当たります。

 一方、「解除条件付契約」とは、「条件が成就することにより現在効力のある契約の効力が消滅する」もので、住宅ローン特約付契約(住宅ローンが不成立になった場合には契約の効力を消滅させる契約)などが当たります。

 賃貸借契約においては、借主の「申込」に対する家主の「承諾」によって契約が成立しますが、通常、家主は、「連帯保証人を立ててください。万が一、保証人を立てられない場合には、契約を解除する場合があります」というように考えているでしょう。

 そして、借主が連帯保証人を立てられないと言ってきた場合には、家主は、他の借受希望者が見つかりにくいと判断する場合には保証人なしで契約を続行する、保証会社の利用で代用してもらう、当初通り、保証人の確保ができないことを理由として契約を解除するという3つの選択肢から選ぶことができるのです。

 要するに、保証人の確保は、契約の「停止条件」ではなく、「解除条件」なのです。

 家主が承諾した時点で、いったん契約は成立していますが、万が一、保証人が立てられない場合には、無条件で契約解除される可能性があるということです。

 つまり、E)のような解釈は間違っていると言わざるを得ません。

 「F) 借主が入居申込書を提出した時点」というのは、明らかに間違っています。

 まだ、家主の承諾を得ていないからです。しかしながら、業者の中には、「入居申込書を提出したから契約は成立しており、手数料を支払ってもらう」という無茶苦茶なことを言うケースもあるようですので、注意が必要です。

 「G) 仲介業者で重要事項説明書を発行した時点」は、間違った解釈をされる可能性があります。

 つまり、重要事項説明は、「契約前に」行うわけですが、重要事項説明書に、借主が署名・捺印し、入居申込書を提出してもらい、家主の承諾を得るという一連の流れがあります。

 「発行した時点」ということになると、家主の承諾を得ているのかどうかが不明ですので、契約として成立していない可能性もあるのです。

 「H) 家主の審査が終了した時点」も間違いです。
 なぜなら、まだ承諾の意思を借主に伝えていないからです。

 「I) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾した時点(手付金支払い前)」・「J) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾し、その後、借主が手付金を送金した時点」・「K) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾し、その後、借主が送金した手付金を家主が入金確認した時点」というのは、それぞれほとんど同じように考えられがちですが、「手付金の授受」時期の解釈の違いと言えるでしょう。

 「手付金の授受」とは、借主から家主に手付金が受け渡されることですので、「K」の場合は、まったく問題なく契約が成立しているとみなされます。

 「J」は、まだ家主の手元では入金確認されていませんが、借主は送金済みであり、家主も入金確認を待つだけです。

 この時点で、まだ契約が成立していないとすれば、家主は、まだ他の借受希望者を募集することができますが、万一、入金確認するまでに、他の借受希望者との間で、対面で手付金の授受を行って契約を成立させてしまうことになると、手付金を送金した借主は、「まだ手付金の入金確認ができていないが、その前に他の人と契約が成立した」ということで、家主から思わぬ連絡を受け、あわてて他の物件探しを行わなければならないということにもなりかねません。

 したがって、「J」の場合にも、契約が成立していると考えたほうが合理的だと思います。

 問題は、「I」の場合です。

 契約の成立には、家主の承諾が必要ですが、手付金の授受を定めている場合には、手付金の授受があったときに契約が成立しているとみなされることになっています。

 すると、「手付金の授受」は停止条件ということになり、手付金の授受があったときに、その停止条件が成就し、契約が成立することになるわけです。

 したがって、単に、家主が承諾した時点においては、手付金の授受がされていませんので、法的に素直に考えると、「I」の場合には、契約が成立していないと考えるのが妥当と言わざるを得ません。

 ところで、「契約が成立」するということは、借主と家主をどのように拘束するのでしょうか?

 まず、借主にとっては、「契約残金の支払い義務」と同時に、「他の物件探しを行わない義務」が発生します。

 なぜなら、いったん契約していながら、他の物件探しを行うということは、家主に対して、不測の損害を与えてしまいかねない(1年間空室のまま残してしまう)というリスクを一方的に与えてしまうからです。
 一方、家主にとっては、「契約の履行の準備義務(室内のクリーニングや内装の張替えなど)」と同時に、「同じ部屋では新たな入居者募集をやめる義務」が発生します。

 なぜなら、契約が成立した以上、一つの部屋を二重に契約するようなトラブルが発生しないようにするためです。

 家主の承諾を得たものの、まだ、手付金の授受が行われていない時期は、契約が成立していないとすると、借主にも家主にも不都合なことが発生する可能性があります。

 借主の中には、「手付金を送金する」と約束したものの、「まだ契約は成立していないので、もっと条件のよい物件がないか探してみよう」というように考える人もあり、約束した手付金の送付をやめた場合、家主は、他の人が二重契約しないように入居者募集をやめていますので、再度、入居者募集を行わざるを得ませんが、募集期間が短くなることで、入居者が見つからない可能性も出てきます。

 これは、家主に不利益を与えてしまうことになります。

 一方、家主も、借主からの手付金が実際に送金されてくるまでは入居者募集を続ける可能性がありますので、借主が知らないところで、家主から、「他の人と契約することにした」という連絡が来ても、家主に責任追及することができないということにもなるのです。

 そこで、「I」のケースにおいては、実際に手付金の授受が行われていなくても、「手付金の支払いを約束した」という新たな契約を交わしたという考え方で、契約の成立を認めるというように解釈したほうが、家主・借主のどちらに対しても、不測の事態の発生を予防することができるのです。

 したがって、私は、「I) 重要事項説明後、借受希望者の入居申込の意思を家主に伝え、家主が承諾した時点(手付金支払い前)」で契約が成立したと考えることにします。

 ちなみに、大阪府の建築振興課の「賃貸借契約におけるちょっとアドバイス」では、「貸主が媒介業者に対して、契約意思を伝える」と「契約が成立したとみなされる」としており、「I」の考え方 に近い立場を取っていますが、賃貸契約の実務を考慮した的確な説明だと思います。

3. 契約の成立と仲介手数料 

 次に、契約の成立と仲介手数料(媒介手数料)の支払い義務との関係です。

 宅地建物取引業法第46条では、「宅建業者が宅地建物の売買、交換または貸借の代理・媒介に関して受領することができる報酬の額は、国土交通大臣が定める。」としており、建設省告示第1552号(昭和45年、その後消費税総額のために平成16年改正)で、「第四 貸借の媒介に関する報酬の額」として、「宅地建物取引業者が宅地又は建物の貸借の媒介に関して依頼者の双方から受けることのできる報酬の額(当該媒介に係る消費税等相当額を含む。以下この規定において同じ。)の合計額は、当該宅地又は建物の借賃(当該貸借に係る消費税等相当額を含まないものとし、当該媒介が使用貸借に係るものである場合においては、当該宅地又は建物の通常の借賃をいう。以下同じ。)の一月分の一・〇五倍に相当する金額以内とする。この場合において、居住の用に供する建物の賃貸借の媒介に関して依頼者の一方から受けることのできる報酬の額は、当該媒介の依頼を受けるに当たって当該依頼者の承諾を得ている場合を除き、借賃の一月分の〇・五二五倍に相当する金額以内とする。」(下線部分が改正点)としています。

 そして、契約の成立によって、仲介手数料の支払い義務が生じます。

 物件売買の場合の仲介手数料では、国土交通省の指導により、「売買契約締結時に約定報酬額の50%相当額、決済・引渡し時に残りの50%相当額を支払う」ことが一般的です。

 賃貸借契約の媒介においては、契約が成立したときに、仲介手数料の全額を支払うのがふつうです。

 その理由としては、金額自体が、売買の場合よりもはるかに低額であること、売買契約のように、手続きが完了するまで長期の時間がかかるわけではないため、一度に請求しても大きな問題が発生しにくいこと、引渡し時に仲介業者が立ち会うというケースが多いとは言えず、引渡し時に50%相当額を支払うとすると、借主がわざわざ業者に行かなければならないなどの面倒が増えるからでしょう。

4. 契約の成立と解約手付

 契約の成立には、手付金の授受が必要であることが多いのは、今まで述べたとおりですが、手付には、いくつか種類があります。

 手付には、証約手付(契約が成立した証拠としての効力を持つもの)、解約手付(お互いに解除する権利を持っていることの対価としてのもので、借主はそれを放棄して、家主は受け取った倍額を支払って解除できるようにしたもの)、違約手付(契約上の約束を実行しない場合に、違約金として没収されてしまうもの)の3つの種類がありますが、賃貸借契約においては、特別な約束がなければ、解約手付とみなすことになっています。

5. 「契約の履行に着手」とは?

 解約手付は、家主にも借主にも契約を解除する権利を保障していますが、いつまでも、契約解除が可能だとすると大きなトラブルが発生する可能性があります。

 そこで、解約手付で解約することができる期限を「契約の履行に着手するまで」としているのです。

 この「契約の履行に着手」というのは、判例で、「客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために不可欠の前提行為をなすこと。ただし、自らが履行に着手したに過ぎない場合は相手方が履行に着手しない限り解除できる。」としています。そして、契約の相手方が契約の履行に着手するまでは、解約手付で契約の解除が可能とされています。

 さらに、「契約の履行に着手」することと「契約の履行の準備」とは異なるとされており、「契約の履行に着手」は、厳密に考えられています。

 具体的な例で考えましょう。
 家主にとっての「契約の履行に着手」は、借主へのカギ渡しがわかりやすい例です。

 借主にとっての「契約の履行に着手」は、契約金の残金をすべて振りこむなど、もはや後戻りができない状態になったような場合です。

 家主が、借主に貸すために、物件のクリーニングを行ったり、内装の張替えなどを行ったりすることは、「契約の履行の着手」ではなく、「契約の履行の準備」行為と考えられています。

 というのは、クリーニングや内装の張替えそのものは、借主との契約がなかったとしても、前の入居者の退去後に行うことが多く、借主との契約の履行とは直接結びついているとはいえないからです。

 家主は、借主が契約金のすべてを振り込んだ後は、手付金の倍返しでは契約解除ができず、借主は、家主からカギを受け取った後は、手付金の放棄での契約解除はできないということです。

 しかし、これらだけが、「契約の履行に着手」として考えると、家主に非常に不利になる可能性があります。つまり、借主が契約金をすべて支払えば、家主は手付金での解約はできないのに対して、家主からカギを受け取る直前まで、借主は手付金の放棄だけで契約を解除することができるからです。

 そうすると、家主は、1年間、空室のまま残しておくリスクが非常に大きくなるのです。

 これでは、法的な公平性があるとは言えません。

 そこで、家主・借主の双方とも、もはや後戻りができない状態になったときには、「契約の履行に着手」したと考えるべきだと思います。
 具体的に言えば、借主が契約金の残金をすべて支払った後は、家主も借主も、手付金での解約はできず、自己都合で解約する場合には、相手に対する損害賠償の責任が生じると考えるのです。

 家主については、判例などから、手付け解約できないのは明らかですが、借主の場合にも、「契約の相手方」ではなく、「当事者の一方」が契約の履行に着手したということで、手付け解約ができないと判断し、万が一、借主が契約を解除する場合には、敷金等は別として、礼金等は違約金として没収されても仕方ないと考えるべきでしょう。
 なお、いずれにしても、この点については、判例等で明確な判断がなされていないため、現場レベルで、どのような解釈を行うのが合理的で公平性を持つものなのかを考えて判断することになります。

6. 借主からの解約時期と返金の有無の関係

 前項までのまとめとして、借主が契約解除を行う時期と各種費用の返金の有無は、次のように整理することができるでしょう。
時期 手付金 契約残金 仲介手数料
家主承諾前 そのまま返金 不要 不要
家主承諾後(契約成立)で借主が契約残金を振込む前 手付金放棄で解約 不要 必要
借主が契約残金を振込んだ後 手付金放棄 礼金等も返金されない可能性あり 必要